2013年11月30日

〔ギャラリーワン〕マーティロ・マヌキアン/強運の女

こんにちはギャラリーワンです。

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マーティロ・マヌキアン/強運の女



アーティスト マーティロ・マヌキアン

タイトル    強運の女



コメント

この作品は、非常に面白い創りになっています。彼女は浜辺かどこかに座っているのですが、彼女の瞳は大きな帽子で隠されています。皆さんは、自由に彼女の美しい顔を想像することが出来ます。私がこの作品の中で描きたかったのは、日の光を受けて美しく浮き彫りになった彼女の肉体です。彼女自身は淡い赤、帽子や服は通常の赤、そして背景は非常に深い赤、という風に、全てを赤という色彩で表現しています。赤は、ここでは情熱の色であると同時に、策略という意味もあります。彼女の謎めいた美しさの中には、大きなパワーが秘められているのです。




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2013年11月29日

〔ギャラリーワン〕マーティロ・マヌキアン/アクア

こんにちはギャラリーワンです。

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マーティロ・マヌキアン/アクア



アーティスト マーティロ・マヌキアン

タイトル    アクア



コメント

この作品は、まさにファンタジーを表現しています。かわいらしい少女が、髪に飾りをつけています。実際にはこちらには彼女が何をしているのか分からないですが、彼女は鏡を見ているのかもしれません。彼女は自分の髪飾りに夢中になって、彼女を見つめている我々に気付きません。自分が裸である、ということさえも忘れています。彼女の本質は、アクアカラーで描かれている通り、アクア(水)であり、透明なものです。黒いベールは、彼女の“非常に透明な美しさ”を隠そうとしていますが、それでも我々は、彼女がいかに魅力的か想像できます。背景もアクアカラーであり、この微妙なニュアンスの模様は海をイメージしていると同時に、神秘性やファンタジーを表現しています。海の水は透明で、底まで見えそうでいて見えません。彼女も透明でありながら我々にとっては謎のままなのです。皆さんが、一人一人自由に想像力を働かせて、この作品に近づいてくれたらと願っています。




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2013年11月27日

〔ギャラリーワン〕マーティロ・マヌキアン/啓示

こんにちはギャラリーワンです。

今日ギャラリーワンがご紹介する作品はこちら!

マーティロ・マヌキアン/啓示



アーティスト マーティロ・マヌキアン

タイトル    啓示



コメント

この作品には私の信仰が大いに表れています。“啓示”は非常に特異な作品です。これまでの歴史の中で、数え切れないほど多くのキリスト像が描かれてきましたが、誰一人として赤色でキリストを描いたものはいませんでした。赤は血の色であり、ショッキングだったかもしれません。しかし、赤は私にとって神秘的な色です。私は、決してキリストの血まみれの様子を描きたかったのではなく、神秘的な真の赤という色彩を使い、そして様々な種類のこの色彩を組み合わせて、非常に特異な私だけのキリスト像を描きたかったのです。注目していただきたいのはキリストの頭部です。まず、キリストはこちらを向いていません。キリストが皆さんを見つめるのではなく、皆さんがキリストを見るのです。皆さん一人一人にキリストの表情を見つめ、彼が、本当は何を伝えようとしているのか、そのメッセージを読み取っていただきたいのです。キリストはメッセージを持って、この世にやってきたのです。しかし、そのメッセージが何であるのかを読み取るのは皆さん一人一人です。(現代を直訳すると、『時間を超越した永遠の声』という意味ですが、それが即ち、このキリストからのメッセージということなのです。)もう一つ注目していただきたい点は、その頭部の冠です。キリストは、十字架に磔になる前に荊の冠をかぶらされました。しかし、私はこの冠を金色にして、神聖さ、神秘性、そして気高さの象徴である王者の色彩で、描きました。つまりこれは、もはやキリストを苦しめる荊の冠ではなく、キリストの栄光を飾る金の冠、あるいは後光となっているのです。従って、この作品は、キリストの苦しみや悲しみを表現するものではなく、キリストの贖罪(贖罪:神の子キリストが十字架にかかって、犠牲の死を遂げることによって、人類の罪を償い、救いをもたらしたという教義。)と、その栄光を表現するものなのです。事実光がキリストの顔と、彼の見つめている下方を照らしています。




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